●はじめに
ライター・編集者という職を続けて何十年かになるが、そろそろ代替わりをしろということか、新人教育的な仕事を任されることが増えた。この業界(出版業界)は斜陽期ではないかという気もしていたが、今も志している若い人がいるのは嬉しいことだ。
そういう仕事をしていて思いつくことがあったりもするが、若手に語り過ぎてはウザがられるし、業務時間に無駄話をしていると仕事が進まない。しかし、どこかで言いたいことは貯まっていくので、テキストにまとめていくことにする。
紙媒体やデジタル媒体で、ライターや編集者として活動したいと思っている人、または活動中の人に、少しは参考にしてもらえる話にできると思う。
ただ、この業界は狭いようで広い、というか多様であり、私が語れるのは、ほんの片隅のことに限られる。
【目次】
- 書いたのはどういう人物か?
- ライターになるには?
- では、ライターとして食える状態になるには
- そもそも、ライターとして仕事をもらうには?
- 書いた後で仕事になっていくケースもある
- 自分の得意なスタイルを見つけよう
- 2方向あるライターのキャリア
- 「文章を書く」スキルは一生役に立つ、特に地味な場面で
- 人類にとって「文字」は特別なものだ
- 最後に
●書いたのはどういう人物か?
最初に、書き手である私の立ち位置を明らかにするための情報を書いておきたい。
たまたま開いたアルバイト情報誌に「ゲームをしているだけでお金がもらえます」的なことが書かれていたのを真に受け、ゲーム雑誌を出していた出版社に応募したのが、この仕事を始めたきっかけだった。
そんな理由で応募はしたが、多少PC関係の知識があったので、ゲームとはほぼ関係のない仕事に携わることになる。このことは結果的にとてもよかった。貴重で楽しい経験を多数させてもらえた。
その後、ITやビジネス系出版物を扱ういくつかの出版社に勤務し、フリーランスも経験した。雑誌・書籍・Webと、紙とデジタルの主なメディア形態で、それぞれ編集とライターの立場で仕事をしたことがある。なお、キャリアを横滑りしすぎたため、偉くはない。
●ライターになるには?
ここでいう「ライター」とは、「情報を文章化する仕事」であると定義しておく。作家や詩人でなく、また、「コピーライター」「シナリオライター」等のように内容を狭く限定もしないので、こんなところでいいだろう。
近い職業である「編集者」も、「ライターに依頼して書いてもらった文章や、写真、イラスト等の原稿を組み合わせ、メディアのコンテンツを作る仕事」と大雑把に定義しておく。ライターと編集者という仕事は非常に近く、両方を行き来する人や兼ねる人も多い。
この2つの職業の大きな違いに、「編集者はだいたい会社員、ライターはだいたいフリーランス」ということがある。
つまり、ライターの経験をもって安定した仕事に就きたいと思ったとき、編集者はわりと有力な候補だ。また、編集者の経験をもって組織に縛られず自由に生きたくなったら、ライター業はわりといい。
と、いう話を前提として、ライターになるには? を考えてみよう。
私がフリーランスになるとき参考にした本に、「フリーランスは名乗ったもん勝ち」と書かれていたのが印象深かった。昨日までは全くの素人だったとしても、相手からすればプロのひとり。「駆け出し」とかそういうエクスキューズは、相手を不安にさせ仕事を逃がすだけだ。
未経験でも「ライターです」と名乗れば、もうライターだと言える。が、当然ながらそんな状態では食えない。
●では、ライターとして食える状態になるには
ライターとして「食える」ようになったと言えるのは、どんな状態か? それは、連載の仕事を複数本持ち、ある程度先までの収入が見込めるようになったときだろう。
「連載」と言ったのは単に語感がいいからだが、連載でなくても定期的かつ継続的なレギュラーの仕事を複数持っていたら、その人が一人前のライターであることは誰にも否定しがたい。レギュラーの仕事があるということは、発注者(メディアの編集者など)に力を認められ、頼りにされていることの証明でもある。
レギュラーの仕事があると、効率よく稼げるのも大きなメリットだ。スポットの仕事は1件ごとに打ち合わせやスケジュール調整が必要になるが、レギュラーの仕事は「型」が決まるのでそれらが必要ないし、手戻りも少なくできる。
では、ライターとして頼りにされ、レギュラーの仕事を持つには、どうすればいいか? どうにかして仕事を受けて実績を作り、発注者に自分を認めさせればいいのだ。こう書くとあまりにも当たり前すぎるが。
具体的には、まず、質の高い仕事をすることが大前提となる。そのうえで「自分を認めたら今後も継続的に仕事をくれそうな相手」と取引をすることも重要だ。運営実績があり、かつ自分の持ち味が生かせそうなメディアの仕事はうまいが、よく分からない相手からのスポットの案件などは、その後につながりにくい。
●そもそも、ライターとして仕事をもらうには?
その大前提を立させるため、仕事の依頼をもらうにはどうするんだ? というところは、ちょっと簡単には言いにくい。
人づての紹介で、自分から売り込んで、クラウドソーシングサイトから、求人情報サイトで、など仕事を得る方法はいろいろとある。クラウドソーシングに出ているのはビックリするほど安いとか、見たまんまの話もある。
しかし、食える状態につながる「当たり」の仕事がどこで見つかるかは、やってみないと分からない。となると「まずは行動! いろいろやってみよう!」ぐらいの話になる。有名出版社から請われての仕事が愕然とするほどしょっぱい結果に終わることもあれば、たまたま回ってきた小さな仕事から、思いがけず道がひらけたりもする。運や相性の要素も大きいと思う。憧れの仕事を追いかけるのもアリだし、目の前に飛び込んできた仕事に運命を感じるのもアリだ。
ただ、「当たり」の仕事を見つけやすくする傾向として、次の3つのことは言えるだろう。
1つ目。自分にできるだけ大きな裁量が与えられる仕事を選んだ方がいい。「指示どおりにやれば誰にでも書けます」と言う発注者は、能力の低い人をうまいこと使ってそこそこの質の原稿を上げさせる方法論を持っている。言い替えると、能力がある人をあまり必要としていないかもしれない。
素人に近いライターを組織して原稿を生産するため「メチャクチャ詳細な発注書を作り、その通りに書いてもらう」という手法を聞いたことがある。そんな仕事では、ライターとしてはあまり経験にもなるまい…という気はするが、人によってはそのやり方がいいトレーニング方法としてハマるかもしれないし、結果、何かに大抜擢されたりする可能性もゼロではない。
2つ目。発注者とのコミュニケーションを重視した方がいい。メールで資料を送るからパパッと書いてください、みたいな案件よりは、オンラインミーティングででも一度発注者と対面で打ち合わせをして、細かなところまで話し合ってから始める仕事の方がいい。もちろん、すでに発注者と十分な信頼関係があり「お任せしますんでヨロシク」的な発注の場合は、この限りではないが。
発注者からすれば、資料を送って書いてもらうぐらいの仕事は、難度も低いし期待度も低い。いい仕事が上がってきたときのインパクトも弱めになる。もしも、受けかけた仕事について発注者がコミュニケーションを省きたそうだったら、このへんが不明だから聞かせてくれ、のように具体的な質問を送ってみるとよい。それに対して説明を面倒くさがる発注者は危険だと思う。
企画の趣旨における細かなニュアンス、想定する読者の具体的な人物像(ペルソナ)、発注者の持つ課題感や企画が生まれたきっかけなど、知っておくと原稿の内容に反映でき、結果的に仕事の質を上げる要素となりうることは、いろいろとある。そういったことを発注者と雑談ベースで話せる機会があるといい。
3つ目。狭いところを狙って力を集中した方がいい。「誰でもできる簡単なお仕事」よりは、「こういうことが書ける人を探しています」的な、誰にでもきるわけではない、かつ自分に合う案件を探した方がいい。
また、空き時間でちょこっとやるような働き方よりは(そういうパート仕事と割り切ってやる分にはアリだが)、手始めにはメディア企業のアルバイトにでも入ってガッツリやった方がいい。
狭き門に入り、短期間でも集中して取り組んで周囲に強いインパクトを与えた方が、その後の仕事にもつながりやすい。辞めた後でも外部スタッフとして仕事をもらえたりとか。
●書いた後で仕事になっていくケースもある
別の角度からもうひとつ言えば、書きたいテーマが明確にある人は、ブログでも動画でも、個人レベルでできる発信活動を何でもいいから始めてみるのがいい。世の編集者は、そういう在野の書き手を常に探している。おそらく業界外の人が想像するよりも熱心に。
プラットフォームが書き手をサポートしていることもある。例えば「note」では、書き手(noteでは一律「クリエイター」と呼んでいる)を出版社に紹介する活動をしている。
▼noteでは出版社へのクリエイター紹介プログラムをはじめます
一方で、特に書きたいものは決まっていないがライターとして活動したい、という人は、メディア企業のアルバイト等に申し込んで仕事をしてみるのがいい。なかなかやる奴だなと評価されれば、たっぷり実務経験を積める。もちろん、時間などの面で事情が許せばだが。
●自分の得意なスタイルを見つけよう
ライター業を続けるにあたり、自分の得意なスタイルは何かを探っていくのがいいと思う。ライターの仕事の手法は「自分の中にあるものを書く」と「他者の中にあるものを書く」の2種類に大別できる。
「自分の中にあるものを書く」は、自身が経験したことや学んだこと、考えたことなどを書くもの。一般的なライターの仕事のイメージは、こちらであることが多いだろう。
「他者の中にあるものを書く」仕事は、さらに2種類に分けられる。インタビューや対談を記事化するものと、書籍の「著者」の原稿を、ヒアリングなどで引き出した内容をもとに書くものだ。前者はいわゆるインタビューアー的な仕事で、たまに対談記事などで「構成」として名前が載っていることがあるが、それが文章化を担当したライターだ。
後者は、昔なら「ゴーストライター」と呼ばれていた職業だ。ゴーストライターは存在を隠されていることが多く、若くてかわいらしい女性アイドルや成功したお金持ちの「自伝」本を、実は貧乏で小汚いおっさんが書いている、といったイメージが、この職業の印象を悪くした。
しかし、最近では「構成」などとして、ライターも堂々とクレジットされていることが多い。「ブックライター」を名乗り、この仕事を専業とする上坂徹氏のような人も活躍しており、ネガティブな印象は消えつつある。
世の中が多様化し複雑化するほどに、文章化すると面白い情報を持っているが、多忙であったりして文章が書けないという人は増えるだろう。そのような中で、このブックライター的な仕事が活躍できる機会は増えていくと思う。
「他者の中にあるものを書く」手法は、やることとしては編集の仕事にかなり近い。実際、書き手が書けなくて詰まってしまったときに、編集者がヒアリングして文章化する、といったことが行われる場合もある(プロのライターがそうなっては失格だが)。
自分がどのような手法が得意か、また好きかを自覚し、仕事を選んでいくことで、長く続け大きな成果を出していきやすくなると思う。
●2方向あるライターのキャリア
昔、この仕事の先輩に「ライターは最強の副業だ」と言われたことがある。先述した「自分の中にあるものを書く」タイプの場合、ライター以外の本業を持ち、その経験を書くことを副業にする、といった活動ができる。
例えば料理研究家のような仕事は、書くことと親和性が高く、著書を持つ人が多い。書くのが得意な研究者や士業の人などは、その業界の「顔」のような存在になっていることもある。副業としてのライター業で、本業へのさまざまな相乗効果を生むことができる。
一方で「他者の中にあるものを書く」のが得意な人は、ゆくゆくは出版社などメディア企業に入ったり、自分でプロダクションを興したりすることを考えていくのがいいのだと思う。
信頼できる仲間とチームを組んだ方が、金銭的にも仕事的にも安定するし、大きな仕事もやりやすい。反対に、個人にこだわってフットワークのよさを武器にするのも、アリな戦略だが。
●「文章を書く」スキルは一生役に立つ、特に地味な場面で
初めてこの仕事をするという若い人と話すとき、よく私は「文章を書くスキルは一生役に立つ」と言う。そう言う理由は3つある。
1つは、今後どんな仕事に就くにしても、また仕事以外の場面でも、文章を書く機会はたくさんあるから、こうした言い方がまず嘘になり得ないため。もう1つは単純に、仕事のモチベーションを高く持ってほしいためだ。
最後の1つは、文章を書くことは自身の学びを助け、人生に厚みを持たせると信じるためだ。知ったことや考えたことをまとまった文章として書き出し、後日読み返すことで、自分の脳にあったモノに対して客観的な視点を持てる。そして、考えを深めたり、別の角度から考え直したりもできる。
この「自分の脳にあったモノを書き出すスキル」は、人生で迷子にならないために非常に役立つと思う。
なお、ライターに求められるマス媒体向けの文章スキルを、それ以外の場でフルに生かす機会は、意外と少ない。
顔を知っている間柄の人向けとか、社内や取引先向けとかいった、狭い範囲だけに向けた文章であれば、構成が多少ユルくても、用字用語が少し不正確でも、だいたい伝わるし用は足りる。人生の中で文章を書く機会は多いが、高い文章力がどうしても必要になる機会というのは、実は多くない。
ただ、「いい文章」を披露して褒められる機会は少ないとしても、悪文によるコミュニケーションの失敗をなくすために、ライターとして身に付けたスキルが役立つ場面は確実にある。そういう意味で、はやり文章を書くスキルは一生役に立つ。
何事にも例外はあり、役に立たないことを身に付けてしまうケースもある。ときどき、悪ノリじみた書き方や敵を増やす論調が癖になった文筆業者らしき人が、それによってSNSで炎上していたりもする。
●人類にとって「文字」は特別なものだ
冒頭でも触れたが、出版業界は斜陽期にあると思っている。長く「出版不況」だと言われ続け、ライターの活躍できる場、特に雑誌が減った。おそらく、20年ぐらい前と比べて、どのようなテーマにおいても専業ライターは成り立ちにくくなっていると思う。
一方でWebコンテンツは元気があり、こちらの業界でもライターや編集者は求められている。近年立ち上がる新しい編集プロダクションの多くは、企業サイトのオウンドメディアなどのデジタルコンテンツを中心に手掛けているようだ。
作ったメディアを販売する出版よりも、企業の広告・販促・マーケティング費などから資金を得て制作するオウンドメディアでは、手堅く利益を出せる。そのような仕事では「他者の中にあるものを書く」ことを得意とする人の活躍できる機会が多いだろう。
出版業界にも明るい材料はある。電子書籍は定着しつつあり、2020年にはコロナ禍が奇貨となった。出版科学研究所が発表した資料によれば「鬼滅の刃」ブームの影響も大きいとのことだが、出版市場は2年連続でプラス成長だという。
▼2020年の出版市場を発表 紙+電子は4.8%増の1兆6,168億円、コミックの拡大で2年連続のプラス(PDF)
出版業界が今後さらに落ち込もうがどうなろうが、情報を文章化する仕事は決してなくならない。音声や動画などの表現手法がいくら発達しても、文字は特別で、他の表現手法では代えがたい特性がある。
文字の最大の利点は、記録や再生がきわめて簡易な方法で可能であることだ。ポケットに収まる小さなメディアで、かつ電気を必要とせず再生可能であるというのは、意外と気付きにくいがとてつもなく便利だし、情報をアーカイブする手段として優れていると言える。
また、文字は再生速度(読む速度)を受け手(読み手)側でコントロールしやすく、ナナメ読みもできるし精読もできる。これも、他の表現手法では真似しにくい便利な点だ。
「声の文化と文字の文化(W-J・オング著 藤原書店刊)」では、「テクスト(文章)のなかでことばが置かれている条件は、口頭での話しのなかでのことばが置かれている条件とはまったく異なっている(P.210)」と、文字の特性について述べている。
いわく、テクストは、テクスト以外のすべて――例えば声色、発声のスピード、身振り手振り、表情といったものから離れて、ただテクストとして存在している。そうした特性から、よいテクストを書こうとする書き手には、正確さと分析的な厳密さを求める感覚が生まれるのだという。要するに、情報を文字化するということは食べ物をカチカチの乾物に仕上げるような行為であり、文字の書き手は他のメディアの表現者よりも正確で厳密であろうとする傾向がある、ということだと解釈する。
慣れた読み手も、それらが備わった文章であることを期待するだろう。そして、このことは文字だけが持つ特性で、アーカイブとしての文字情報の価値を高めることにもなると思う。
●最後に
今どきのライターという職業の特徴に、「必要な初期投資が少なく、誰でも始めやすい」ことも挙げられる。ネットにつながるPCさえあれば仕事を始められるし、文章を書いた経験ぐらい誰にでもある。クラウドソーシングサイトや求人サイトを見ると、いつでもライターの求人は多い、ようだ。
しかし、誰にでも始めやすいということはビギナーレベルの競争が激しかったり、仕事を買い叩かれやすかったりもする。ライターを何のために始めるのか、どう続けるべきか、続けた先に何があるのか、やりがいはどこにあるのか、等々の疑問を感じた人に向け、ヒントを示せればと思って書いてみた。
こう書いてみると、私は自分で文章を書くことにこだわりが強すぎるのだな、とあらためて思った。書き出して、読み返してみると、何かしら発見がある。